法人成りは所得いくらから得になるか|税率だけでなく社会保険料の負担も含めた試算の考え方
「売上が伸びて、個人の所得税と住民税がかなり高くなってきた」「法人成りしたほうが税金が安くなると聞くけど、本当?」「所得がいくらくらいになったら法人化を考えればいいの?」——事業が軌道に乗ってきた個人事業主が、必ずといっていいほど考えるのが法人成り(法人化)です。
よく「所得800万円〜1,000万円が目安」と言われますが、これは主に税率だけを比べた話です。実際には、法人にすると社会保険料の負担が大きく変わるほか、会社を維持するための費用もかかります。税金だけを見て法人化すると、「思ったより手元にお金が残らない」ということにもなりかねません。
この記事では、法人成りで得になるかどうかを判断するための試算の考え方を、社会保険料も含めた概算のシミュレーションとあわせて解説します。
なお、税率や社会保険料率は改正・変更されることがあります。本記事は執筆時点の情報をもとにした概算ですので、実際に判断する際は、国税庁や日本年金機構などの最新情報を確認し、税理士に具体的な試算を依頼するようにしてください。
※本記事にはプロモーション(広告)が含まれています。
法人成りで税金が安くなると言われる理由
1. 税率の違い
個人事業主の所得税は、所得が増えるほど税率が上がる累進課税(5%〜45%)で、ここに住民税10%と、業種によっては個人事業税がかかります。一方、中小法人の法人税は、所得800万円以下の部分に軽減税率(現行の特例で15%)が適用され、法人住民税や法人事業税を含めた実効税率も、所得が少ないうちは20%台前半にとどまります。
| 所得の水準 | 個人(所得税+住民税) | 法人(実効税率の目安) |
|---|---|---|
| 課税所得330万円超〜695万円以下の部分 | 約30%(20%+10%) | 所得400万円以下の部分で約20%台前半 800万円以下の部分で約20%台半ば |
| 695万円超〜900万円以下の部分 | 約33%(23%+10%) | |
| 900万円超〜1,800万円以下の部分 | 約43%(33%+10%) | 800万円超の部分で約30%台半ば |
※所得税には別途、復興特別所得税がかかります。法人の実効税率は、地域や資本金などによって異なります。
2. 役員報酬に「給与所得控除」が使える
法人化すると、社長は会社から役員報酬を受け取ります。役員報酬は会社の経費になる一方で、社長個人の側では給与所得となり、給与所得控除を差し引けます。事業の利益を「会社の利益」と「社長の給与」に分けることで、税率の低い部分を両方で使えるのが、法人化の大きなメリットです。
見落としがちな「社会保険料」の増加
法人化で忘れてはいけないのが、社会保険料です。法人は、社長1人だけの会社でも、役員報酬を支払うなら健康保険と厚生年金保険への加入が義務になります。
| 個人事業主 | 法人(社長1人) | |
|---|---|---|
| 医療保険 | 国民健康保険(所得に応じて計算。上限あり) | 健康保険(役員報酬に応じて計算) |
| 年金 | 国民年金(定額) | 厚生年金(役員報酬に応じて計算) |
| 負担する人 | 本人が全額 | 会社と本人で折半。ただしどちらも実質的に自分のお金 |
| 負担の目安 | 国民年金は定額、国民健康保険は上限がある | 役員報酬の約30%(会社負担分と本人負担分の合計。40歳以上は介護保険料も加わる) |
社長1人の会社の場合、会社負担分も本人負担分も、結局は同じ事業の利益から払うお金です。役員報酬を高くするほど社会保険料も増えるため、税金が減った分が、社会保険料の増加で相殺されることもあります。
ただし、厚生年金に加入すると、将来受け取る年金が増える、病気やけがで働けないときに傷病手当金を受け取れる、といったメリットもあります。社会保険料は「払い損」ではなく、保障が厚くなる面もあることを踏まえて判断しましょう。
所得別の概算シミュレーション
ここでは、事業の利益(法人の場合は役員報酬を支払う前の利益)が同じ場合に、個人事業と法人で、税金と社会保険料の合計がどれくらい違うかを概算で比べてみます。
試算の前提
- 40歳未満・単身で、扶養家族なし。東京都に住所・事務所がある場合を想定
- 個人事業の「所得」は、青色申告特別控除後の事業所得
- 法人は、役員報酬を利益の6割に設定し、残りを会社の利益とする
- 社会保険料は、協会けんぽ・厚生年金で役員報酬の約28%(会社負担分+本人負担分)として計算
- 国民健康保険料は、所得割と均等割を概算し、上限額を考慮
- 所得控除は、社会保険料控除と基礎控除のみ。個人事業税は税率5%の業種で計算
- 法人の税金には、法人税・地方法人税・法人住民税(均等割7万円を含む)・法人事業税・特別法人事業税を含む
- 税理士報酬などの法人の運営コストは、年40万円と仮定
試算の結果(概算)
| 事業の利益 | 個人事業の 税金+社会保険料 |
法人の 税金+社会保険料 |
差額 | 運営コスト (年40万円)を 差し引いた差額 |
|---|---|---|---|---|
| 500万円 | 約155万円 | 約143万円 | 約12万円 | 約28万円の損 |
| 800万円 | 約284万円 | 約234万円 | 約50万円 | 約10万円の得 |
| 1,000万円 | 約364万円 | 約298万円 | 約66万円 | 約26万円の得 |
| 1,200万円 | 約454万円 | 約368万円 | 約86万円 | 約46万円の得 |
※上記の前提にもとづく概算です。実際の金額は、住んでいる地域、年齢、家族構成、業種、役員報酬の設定、経費の内容などによって大きく変わります。
この試算では、利益が800万円前後から法人化のメリットが出始め、利益が大きくなるほど差が広がります。一方、利益500万円程度では、税金と社会保険料の合計はわずかに減るものの、運営コストを差し引くとマイナスになりました。
利益1,000万円のケースの内訳
| 個人事業 | 法人(役員報酬600万円) | |
|---|---|---|
| 社会保険料 | 約114万円 (国民健康保険+国民年金) |
約170万円 (健康保険+厚生年金。会社負担分を含む) |
| 所得税(個人) | 約130万円 | 約19万円 |
| 住民税(個人) | 約85万円 | 約31万円 |
| 個人事業税 | 約36万円 | ― |
| 法人の税金 | ― | 約78万円 |
| 合計 | 約364万円 | 約298万円 |
法人化すると、所得税・住民税は大きく減りますが、社会保険料は約56万円増えています。税金だけで比べると「100万円以上安くなる」ように見えても、社会保険料を含めると差は小さくなる、というのがポイントです。
「会社に残るお金」は自由に使えない
法人化した場合、上の例では、役員報酬を払ったあとの利益から法人の税金を差し引いた約240万円が会社に残ります。このお金は、あくまで会社のお金です。社長が個人的に使うには、役員報酬を増やす、配当を出す、将来の退職金として受け取る、などの方法をとる必要があり、そのたびに税金や社会保険料がかかります。
会社のお金を社長が個人的に引き出すと、役員貸付金として問題になることもあります。詳しくは「会社のお金を『ちょっと借りただけ』が危ない。ひとり社長の役員貸付金の怖さと解消法」で解説しています。
つまり、法人化のメリットを活かせるのは、生活に必要な分は役員報酬で受け取り、それ以上の利益は会社に残して事業に再投資したり、将来の退職金に備えたりできる人です。利益のほとんどを生活費として使う場合は、役員報酬を高くせざるをえず、社会保険料が増えてメリットが小さくなります。
試算するときのポイント
- 「税金+社会保険料」の合計で比べる:税金だけで比べない。会社負担分の社会保険料も、実質的には自分の負担として計算に入れる
- 役員報酬をいくつかのパターンで試算する:役員報酬を高くするか低くするかで、税金と社会保険料のバランスが変わる。生活に必要な金額を出発点に、複数のパターンで比べる
- 運営コストを入れる:税理士報酬、法人住民税の均等割(赤字でも年7万円程度)、会計ソフト、登記の費用など
- 設立費用も考える:株式会社なら登録免許税(最低15万円)や定款認証の費用など、合同会社でも登録免許税(最低6万円)などがかかる
- 今後の利益の見通しで判断する:一時的に利益が多かった年だけを見て法人化すると、翌年以降に利益が減ったときに負担だけが残ることがある。数年先の見通しで考える
税金以外の法人化のメリット・デメリット
| メリット | デメリット |
|---|---|
| ・取引先や金融機関からの信用が得やすい ・退職金を経費として支払える ・家族を役員にして報酬を分けられる ・赤字(欠損金)を10年間繰り越せる(個人の青色申告は3年) ・生命保険や出張手当など、経費にできる範囲が広がる場合がある ・事業の承継がしやすい |
・社会保険への加入が義務になる ・赤字でも法人住民税の均等割がかかる ・設立費用や税理士報酬などのコストが増える ・決算・申告などの事務負担が増える ・役員報酬は原則として期中に自由に変更できない ・会社のお金を個人的に使えない |
また、法人化すると、役員報酬は原則として毎月同じ額(定期同額給与)にしなければ、会社の経費として認められません。「儲かったから途中で報酬を上げる」といった調整はできない点にも注意しましょう。
法人化を検討するときの流れ
- 直近の決算書・確定申告書をもとに試算する:今の利益と、来年以降の見通しで、個人と法人を比べる
- 役員報酬の金額を決める:生活費、社会保険料、会社に残したい金額のバランスで決める
- 税理士に相談する:地域や家族構成によって結果が大きく変わるため、具体的な試算は専門家に依頼するのが確実
- 設立のタイミングを決める:個人事業の年の途中で法人化すると、その年は個人と法人の両方の申告が必要になる。消費税の課税事業者になるタイミングなども含めて検討する
- 個人事業の廃業手続きをする:法人を設立したら、個人事業の廃業届などを提出する
個人事業の廃業の手続きについては「個人事業を廃業・休業するときの手続きまとめ」、法人化した後も使える小規模企業共済やiDeCoについては「iDeCo・小規模企業共済・国民年金基金の比較」もあわせてご覧ください。
法人化前後の経理をラクにするなら
法人化を判断するには、まず今の利益を正確に把握することが欠かせません。会計ソフトで日々の帳簿をつけておけば、月ごとの利益の推移を確認しながら、法人化のタイミングを検討できます。法人化した後も、決算書の作成や役員報酬の管理まで、同じソフトで続けられるものが多くあります。
代表的なサービスとして「マネーフォワード クラウド」と「freee会計」があります。無料で試せるプランが用意されていることも多いので、実際の画面を触って使いやすいほうを選ぶのがおすすめです。
マネーフォワード クラウド
会計・確定申告・請求書などのサービスをまとめて提供しており、複数の業務を一つのシリーズで管理したい方に向いています。
freee会計
簿記の知識が少なくても使いやすい画面づくりが特徴で、経理初心者や個人事業主・小規模な会社に向いているクラウド会計ソフトです。
※対応機能や料金プランは変更される場合があります。最新情報は公式サイトでご確認ください。
まとめ
- 法人化で税金が安くなるのは、法人の軽減税率と、役員報酬で使える給与所得控除によるもの
- 一方で、社長1人の会社でも社会保険への加入が義務。役員報酬の約30%の社会保険料がかかり、税金の減少分が相殺されることがある
- 比べるときは「税金+社会保険料+運営コスト」の合計で。税金だけで判断しない
- 概算では、事業の利益が800万円前後からメリットが出始め、利益が大きいほど差が広がる(地域・年齢・家族構成などで大きく変わる)
- 会社に残したお金は自由に使えない。利益のほとんどを生活費に使う場合はメリットが小さくなる
- 税率や保険料率は変わることがあるため、最新の情報で、税理士に具体的な試算を依頼するのが確実
法人成りは、節税だけでなく、事業をこれからどう育てていくかという経営の判断でもあります。数字で冷静に比べたうえで、自分の事業と暮らしに合った形を選びましょう。
※本記事は2026年11月時点の税法・制度の情報をもとにした概算です。税率や社会保険料率は改正・変更されることがあり、実際の負担は地域・年齢・家族構成・業種などによって大きく異なります。法人化を判断する際は、国税庁や日本年金機構などの最新情報を確認し、個別の試算は税理士等の専門家にご確認ください。

